phaさんの『書きたいことがない人のための日記入門』を読みました。

【読書日記】pha『書きたいことがない人のための日記入門』
本の概要(どんな本?)
「日記の文章術」について書かれた本。
「なにか書きたいだけど、なにを書けばいいのか分からない」
本書では、そんな人のために日記を書くことをおすすめしています。
- なぜ日記をおすすめするのか?
- 日記はどう書けばいいのか?
- 日記を書くメリット
など。
日記を書くための文章術が学べる1冊。
学びになった点
日記のタイトルは「日付」で良い
日付。それは日記が持っている強力な「型」だ。
日記のタイトルって悩みますよね。
私は以前、はてなブログで日記をつけていたときがあります。
そのとき、いつも「タイトルを何にするか」で悩んでいました。
「日記だから、取り立ててタイトルにできるような出来事はない。どうしたらいいんだろう」
そんな悩みを持っていました。
phaさん曰く、日記のタイトルは「日付」で良いそうです。
普段から日記をつけている人には当たり前かもしれません。
ですが、日記を書かない私には「そうか。日記のタイトルは日付でいいんだ」と新しい発見でした。
自分の「外」に書くことはある
「日記に書くことが特にない」という話を、日記に慣れていない人からよく聞く。
そういう人は、自分は何も書くことを持っていない、と、書くべきことを自分の内側にばかり探しているかもしれない。
自分の外で起きていることをよく観察するようにすれば、書くことはいくらでも見つかるようになる。
「日記に書くことがない」
そんな悩みを持っている人は多いと思います。
私もその中の1人です。
phaさんは「日記に書くことは、自分の内側ではなく外側にある」と言います。
なぜなら、自分の内側で考えていることより、自分の外側にあるもののほうが豊かで面白いからです。
俳句では「写生」と言って、周りのものをよく見ることが重要とされています。
自分の内側にある考えから俳句を生み出すより、外側にあるものを見て俳句を作ったほうが、良い俳句ができるそうです。
phaさんは言います。
「書くことが無ければ、自分の外側を観察すればいい」と。
自分の内側、つまり自分の考えていることから何かを書こうとしても、良いアイデアは出てこない。
日記を書きたい人は、自分の内側ではなく外側に目を向けるのが大事なようです。
自分にとっての「普通」の話が、ほかの人には面白く見える
自分にとってはわざわざ書くほどでもないように思えることが、他人にとっては面白い、ということはよくある。
会社でミーティングをしたり残業をしたりしているだけの一日でも、会社員じゃない人にとっては、へー、会社員ってこんな感じなのか、と面白く読める。
自分にとって普通でも、ほかの人に話すと面白く見えるのは、よくある話だと思います。
私の経験だと、南大東島でアルバイトしていたときの話です。
私は冬の間だけ、南大東島(沖縄の離島)にある製糖工場でアルバイトしていました。
私にとっては毎年のことなので、わざわざ人に話すことでもない、普通の話です。
しかし、そのときの様子を『南大東 季節工1日ルーティン』という動画にしたら、バズったことがあります。
自分にとっては普通でも、ほかの人からすると興味のある内容だったようです。
自分が普通だと思っていることの中に、意外と面白いネタは眠っているかもしれません。
何もない日常の中の「幸せ」はある
人間は慣れる生き物だから、世界や人生の素晴らしさをすぐに見失ってしまう。幸せな状態に飽きてしまって、ここにはない何かを求めようとする。失ってしまうまで自分が持っているもののありがたさに気付かないままでいる。
日記は日常を再確認して再発見するツールだ。日記を書くことで、日常の中に埋もれた面白さに気付くことができるかもしれない。
私もphaさんと同じ意見で、何もない日常の中にこそ、幸せがあると考えています。
衣食住が揃っていること、心身ともに健康でいられること、日本は戦争がなくて平和なこと、など。
普通に生活していると、健康や衣食住があることなど、当たり前すぎてそれらがある「有難さ」に気付けないと思います。
過去の私も、健康とか衣食住とか、それらの有難みに気付けずにいました。
私の場合、東日本大震災の経験と、仕事で鬱病になって自〇未遂したときの経験。
衣食住と心身の健康を失ってから初めて、それらの有難みに気付きました。
幸せは「なるもの」ではなく「気付くもの」だと思います。
幸せな状態になれてしまった人は、日常に埋もれた「小さな幸せ」を日記に書くと、自分の幸福を再確認できるかもしれません。
読書家に便利な「読書日記」
読書日記という中途半端な立ち位置は、とても便利だ。
これが書評と名乗っていたら、それなりにちゃんとした文章を書かないといけなくなる。
でも読書日記だと、そんなにまとまっていない考察や、断片的な思いつきを書いても許される。
むしろそのゆるさが日記としてリアルでもある。
そして中途半端な立ち位置だからこそ、本好きの人にも、日記好きの人にも手にとってもらえる可能性がある。
私はこれまで書評をいくつか書いてきました。
ただ、書評だと「ちゃんとした文章を書かないと」と考えて、身構えてしまうんですよね。
読書日記ならあまり肩に力を入れず、ゆるく書けます。
いまは本業の本の執筆やYouTubeの動画編集で忙しく、あまりブログを書く時間が取れません。
ですが、読書日記という形ならすぐに書けるので、採用することにしました。
日記は「ネタ帳」として使える
これは特に、物書きになりたいという人向けなのだけど、日記を書いておくと、将来ずっと使えるネタ帳になるのでおすすめしたい。
(中略)ちょっとした思いつきや気づき、新しい経験をしたときの新鮮な感情、季節や街並みの描写、遭遇したトラブルの話など、自分が体験したことはエッセイや小説に流用できるネタの宝庫だ。いつか何かに使えるストックとして、日記に書き留めておこう。
私は「バイクで日本一周したこと」「バックパッカーで海外を一人旅していたこと」を本の中に書くときがあります。
ただ、その頃の記憶が時間が経つにつれて、おぼろげになってきました。
旅をしていたときのことを、日記として残しておけばよかったなーと思っています。
ずっと旅をしていると「非日常が日常」になってしまい「わざわざ書くほどでもないか」と思ってしまうんですよね。
いま思い返してみれば、旅をしていたときに見たもの・感じたことの中に、本に使えるネタが詰まっていると思います。
これから「ネタ帳」代わりに日記をつける予定です。
日記を面白くするコツ
①テーマを絞る
自分のことを知らない人に興味を持ってもらうためには、テーマを絞ったほうがいい。
自炊日記や読書日記などのテーマ日記にするとか。
バツイチ弁護士日記、四十代バンドマン日記、みたいな属性を表に出すとか。
自分の住んでいる街の名前を出すのもいい。同じ街に住んでいる人が興味を持ってくれるだろう。
日記を面白くするコツは、テーマを絞ること。
私の場合「隠居日記」「読書日記」あたりでしょうか。
杵築市でセミリタイアしている私の日常に、興味がある人はいると思います。
また「読書日記」は、私と同じ本好きな人は見てくれるかもしれません。
②あまり面白くない日は削る
これは日記に限らない話なのだけど、「文章は削れば削るほど面白くなる」と思っている。
とりあえず長めにだらっとたくさん書いて、あとで削りまくる。それが自分がいつも文章を書くやり方だ。
どの文章も共通して、削れば削るほど面白くなります。
冗長な文章は読むと疲れるし、要点が伝わりにくいので面白さが半減するからです。
私も本を書くときは「できるだけ短く伝えること」を意識して書いています。
phaさんの文章の書き方は私と同じで「とりあえず思ったことをたくさん書いて、あとで削る」というやり方のようです。
「たくさん書いて、あとから削る」という書き方は、竹村俊介さんの『書くのがしんどい』から学びました。
日記は生の肯定である
日記には意味も目的もないけれど、それは人生にも意味も目的もないのと同じだ。
ただ生きて、何かを感じて、忘れて、また次の日になる。その連続が人生と呼ばれるものに過ぎない。
それと同じように、ただ毎日のことを書き続けて、悪くないな、と感じる。シンプルな生の肯定。それが日記なのだ。
「日記なんて書いて何の役に立つの?」
そう思う人もいるかもしれません。
phaさんは「日記というのは役に立たないもので、その役に立たなさこそが良い」と言います。
いまは何事にも生産性を求められる世の中です。
そんな社会の物差しから外れて、人間がただ生きるということを再確認できるのが、日記というツールになります。
日記に意味がないように、人生にも意味はありません。
意味も目的もなく、ただ日記を書くこと。
それが生の肯定に繋がるのです。
感想
私は以前から
「日記を書きたいけど書けない」
「日記に何を書いたらいいのか分からない」
という悩みを持っていました。
本書を読んだことで、
- 日記はどう書けばいいのか?(タイトルは日付でいい、日記のネタは外側にある、など)
- 日記を書くときの心構え(日記は自由に書けばいい、自分にとっての普通が他の人には面白く見えたりする、日記を書くこと自体が生の肯定である、など)
など。
日記の書き方について学べました。
最近は本の執筆やYouTubeの動画編集で忙しく、ブログが放置気味になっていました。
これからは本業の合間に、簡単な日記(読書日記、隠居日記など)を書きたいと思います。




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